没頭する力。それを幼少期から養う上で大切な、保護者や周りの大人との関係性――。
 小林祐希は前回のコラムで、子どもが自主性を持って何かに向かい合い、取り組むためには大人の関わり合い方が大切になってくると、自らの体験談を交えて話した。

 では、その没頭する力に長けた小林少年が、実際に多感な時期にどんな体験をし、それがプロサッカー選手としての源になってきたのか。ここからは彼の経験談である。

「没頭することと関係していることなんですが、子どものころから常にやり続けてきた、自分のルーティーンワークがありました。練習が始まる数時間前にグラウンドに出て、一人で全体トレーニングの準備を完璧に終わらせていました。そしてそこからみんなが来るまで、自主練をするのです。ボールも毎日60個に空気を入れて、ゼッケンも60枚畳む。ドリンクボトルを1本1本洗って、そこに水と氷も入れる。全員分の下準備を、一人でやるんです。僕はこれを、プロに入って20歳になるまで、毎日続けていました。東京ヴェルディからジュビロ磐田に移籍する時までです」

 耳を疑ってしまうようなエピソードである。すべて一人で、練習の段取りを行う。まるで優等生じみた話であり、あまりにも美談のようにも聞こえるが、「それぐらい、僕は小さい時からサッカーに対して嘘がなく、自律する心を持っていたんです」と平気な表情で話す。
 さらに、その背景には誰にも譲れない、ある強い思いも存在した。

「何より、僕は準備する上で誰にもボールを触らせたくなかったんです。例えばボールの空気を入れる時には1つずつボール圧も計って、試合と同じ気圧でできるように毎日調整していたし、そのボールの状態を知っているのはみんなの中で僕しかいないんですよ。僕がボールを操る。そこは変なプライドかもしれないですけど、誰にも没頭する力で負けていないという自負みたいなところでした」

 大人になった今では、プロサッカー選手としてしっかりとした自己主張をして、誰とでも忌憚のない意見を交わす姿が自然と受け入れられる。ただそんな性格も、この頃の経験が関係していた。

「僕はみんなよりもこれだけのことをやっている。しなくてもいいような準備もしている。その事実が自分の支えになっていました。だからいざ練習が始まり、試合になれば、僕は誰に対しても遠慮なく要求しました。要求する権利があると思ったのです。でも学生時代だと、そんな僕を見て『なんだあいつ』みたいな空気にもなるじゃないですか。でも僕は何も怖くはなかったです。ここまで真剣にサッカーと向き合っているのは、自分しかいないと信じていました」

 真っ直ぐな思い。この時代から、すでに主義主張するための自分の領域をしっかり作ることができていた。
 では、そこに他の選手を支配したいという打算があったのか。少し意地悪なことを聞くと、小林は当時の感情を思い出すかのように、さらに愚直に話した。

「深いことをいろいろと考えてやっていたわけではなかった。気持ちが勝手に動いていたんです。そうした行動を面倒くさいと思ったこともないんですよ。だから自分にとっては特別なことではなかった。ただ、これは僕にしかできないこと。僕の自信にすべきところだと。だからいまサッカーをしている子どもたちにも言いたいのは、『これだけは負けない』、というものは何もプレーに関わるものではなくてもいいと思う。技術や戦術的なことでなくてもいい。これだけは負けない、これだけ自分は没頭している、その自信が武器になっていきます」

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