一言で『メンター』を説明すると、このような言葉になるでしょう。これまで『プロデューサー』や『マネージャー』の頁でも触れてきたように、あくまでここでも子どもの「自発」や「自律」といった、自分の意思や主張を表現することに意識を傾けていくことに変わりはありません。
保護者にとって子育てを漠然とした行動ではなく、しっかり子どもの成長や目標に向けて大人の視点からアシストしていくのが『プロデューサー』であり、小さな世代からでも大なり小なり抱えるストレスを軽減させ、子どもを絶対評価=肯定していくようなアプローチをするのが『マネージャー』でした。
隣で寄り添い支援、サポートし、さらに前向きに励ましていく。それはもちろん、子どもにとって一番身近な大人である保護者にしかできない役割です。ただ、一方で子どもに小さなPDCAサイクルを意識させながら、小さな成功体験を積み重ねていく過程で、彼らが大小の挫折や壁に直面することもあります。
例えば、チームでレギュラーから外されてしまったり、試合や練習でミスをしてしまった。その時に保護者もまた、自分のことのように失敗やミスを歯がゆく感じてしまうこともあるでしょう。
「家に帰って、特訓だ!」
「もっと練習しないとダメだ!」
「パスやドリブルが上達する練習をお父さんが考えてやる!」
当然愛のある叱咤でしょうが、こうした声は時代を問わずよく聞かれるものです。
しかし、本プロジェクトを監修する株式会社グラスルーツの今野敏晃氏は「あくまで大切なのは、子どもの自発的、自律的発達を“促す”のであって、何かを“授ける”のではありません。サッカーの技術や戦術を授けるのは、チームの監督やコーチの役割です」と話します。
サッカー経験のある方は、自身が受けてきた指導経験を子どもに伝授しようとすることもあるでしょう。またサッカー経験のない方でも、一生懸命専門的な知識を調べては、子どもの指導に役立てようとする努力をしているかもしれません。
ただ、今野氏が語るように、保護者まで監督やコーチと同じようなアプローチをしてしまうと、壁に直面している子どもにとっては自分の意見や考えを相談する人がいなくなってしまいます。
子どもに訪れたピンチ。その時に、保護者が『メンター』としてあえて余裕のある姿勢で接してあげることは、その子を緊張からほぐしながらも、自発的、自律的に物事を解決していく思考へとつながるかもしれません。
何か直接的な助言をする際は、頭ごなしに否定するのではなく、『マネージャー』の頁で出てきた絶対評価の観点を忘れずに建設的なアドバイスをすることが望ましいでしょう。場合によっては、これまでサッカーに打ち込みすぎていて、それが心身への負荷になっているような子に対して、「たまには気分転換で、少しサッカーから離れてみてもいいのでは」といったアドバイスが有効になる場合もあります。どうしても、子どもは目の前のことしか見えなくなってしまいがちです。そこで保護者が冷静になって現状を把握してあげることが何より重要です。
日本でレアル・マドリード財団の仕事にも携わる前述の今野氏は、こう続けます。
「レアルの育成部門では、コーチに対しても『子どもに教えすぎるな』と言われます。コーチですら、子どもをうまくすること、成功させることを目的や義務にしてしまうと、それが余計なプレッシャーにもなってしまうからです。これは保護者の方にも言えます。子どもは、自分のコピーとして育てるわけではありません。考えや成功体験を押し付けるのではなく、成長の仕方や成功の形はその子どもによって異なるものです」
確かにチームの練習だけでなく、子どもと一緒に寄り添いながらトレーニングをすることも、大切なコミュニケーションになることでしょう。当然、子どもがポジティブに取り組めば、実力向上につながるかもしれません。
一方で、失敗やミスをした場合に、応援する者としての歯がゆさをグッとこらえつつも、保護者としてあえて子どもに対して温かい情で接してもよい場合があります。何より、親の焦りや余裕のない言動により子どもが萎縮し、受け身の姿勢になってしまうことこそ、一番避けたいものです。
成功に向けた正解など、監督もコーチも、そして保護者にもわかりません。その道は、子どもが自律しながら切り開いていくしかありません。決して平坦ではない道筋において、厳しさだけでなく時に肩の力を抜くことも大切――。それを子どもに知らせることは、一番身近な大人である保護者の役割です。
profile
今野 敏晃(Toshiaki Nishikawa)
1975年7月13日、東京生まれ。
高校卒業後イタリアへ渡り、ファッション業界にて対日セールスマネジメント・マーケティングに従事。独立・起業後は、スポーツコンサルタントとして、マンチェスターユナイテッドの東日本大地震復興支援プロジェクトなど、CSR/CSVに特化したスポーツ関連企画を手掛ける。2014年、レアルマドリード財団フットボールSCHリレーションシップディレクターに就任。2017年より、レアルマドリード、ACミラン、チェルシーFC、リバプールFC、アーセナルFCによる日本でのサッカースクール合同事業「キッズチャンピオンズリーグ」を主催。
大学在学中より横浜FCの専属ライターとして活動を開始。2007年よりサッカー専門新聞『EL GOLAZO』の記者として数多くのJリーグチームと日本代表を担当。海外クラブで活躍する本田圭佑や吉田麻也も若い時代から取材。現在はサッカー、スポーツ誌各媒体にも寄稿している。